1月7日(土)のヒロシマの被爆者/詩人の橋爪文さんの87歳の誕生日に都内で行われる、AKIRAさんの歌と橋爪文さんのヒロシマ体験の朗読によるヒロシマセルフストーリーオペラ「太陽が落ちた日」のオープニングアクトで歌わせて頂くことになりました。

当初、25人限定の古民家でのライブということでしたが、メインアクトでもないのに自分にしては珍しく、これは貴重すぎる機会だからより多くの人に生で見てもらうべきだと直観し、主催者のキミコさんにもっと大きい会場でやった方がいいのではと掛け合ったら、奇遇にも同じ日に橋爪文さんも、AKIRAさんから届いた新しい脚本の素晴らしさに、これはより多くの方々に来て頂きたいと、会場変更の希望を連絡して来たということで、こいつぁーただの偶然じゃねーだということで、今日はキミコさんと鶴川に住んでる橋爪文さんのお家におじゃまして、三人でミーティングしてきました。

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平和の火(原爆の火)を持つ橋爪文さん

久々に会った文さんは、被爆症状の悪化で多くの講演依頼を断らざるを得ない状態ながら、新刊本とオペラ脚本の最終稿に追われて猛烈に忙しそうでしたが、目からうろこが落ちまくりの神懸かりアイデアを連発してくれて、会場も大きめの場所に変更なりそうです。

自分も初見ですが、AKIRA&橋爪文のヒロシマオペラは、やば過ぎるってのは何度も耳にしてるからな〜、むろん自分も空前絶後のオープニングアクトを務めさせてもらいます!!
よ〜〜ぅやく、またしてものヘビー風邪から脱却、さすがに二ヶ月で3回連続の風邪っぴきには参ったが、整体とかではよく言うように風邪ひいて参ってるのは頭の中だけで、体の方は活動しまくりのエネルギー絶好調状態だとも捉えられるわけで、強力な進化エネルギーに対応する身体的バージョンアップだったのだとも言えるわけです。
てことで、身体的バージョンアップした新生音骨の姿もまた、バージョンアップするのは必然なわけ、です!

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目下、エレキヒッピーに変態中な新生音骨ライブの出演順は、当日アミダクジにて決定ということなので、スタートの19:30までに集合でお願いいたします!

《Yossey's Garden Show》
at 高円寺Reef http://www.kouenji-reef.com/
2016年4月26日(火)
19:00 open 19:30 start
前売¥2,000(ドリンク別)
当日¥2,500(ドリンク別)
[出演]
YOSSEY
ストウタカシ
音骨
ナベ虹魚
(前売り予約は otobone_ticket@yahoo.co.jp まで、ご連絡ください!)
先月は久々にヘビー級の風邪にやられましたが、今月は更に酷いスーパーヘビー級の風邪にかかってしまい、喉は完全に潰れ、再び打ち上げられたトドのごとく丸5日間ほど寝込み続けて、ようやくウイルス軍団も立ち去りました。
計画が大幅に遅れたことで少々凹んだが、それでもこの一ヶ月でなし得たメタモル度は高い。
なにしろ、前回のライブから、ほとんどのライブ用の曲のアレンジを一から作り直し、プログラミングし、リハーサルを重ねるという(大変さが伝わりにくい)大変な作業を半月でこなし、一週間寝込んで、今に至ったわけなので。
 
というわけで、「約束の地」から新たなアルバム構想に向けてのミッシングリンク的(ややこしいな)スタイルに到達したニュー音骨ライブを、今週末の高円寺Reefトップバッターでお見舞いします!

3/25(金) 高円寺Reef  http://www.kouenji-reef.com/index.php?FrontPage
op 19:00/st 19:30 前売り/当日 ¥1300/¥1500(+1d¥500)
(happy hour 19:00~19:30+¥1000 3drink ticket get!!!)
音骨出演時間は一番手19:30~
出演: アニー / 松島英生 / 久保田勝美 / 音骨 / み家
次回のライブから、アコースティックギターからエレキギターに持ち替えて、完全にオケと同期する曲のみのライブということで、この二週間壮絶な追い込みを続けていたが、ようやく選曲だけは揃った。

やってくうちに、いくつかの曲はアルバムの再現というより、次回作に向かう過程のような方向性に変わってきていて、アルバムとはかなり違った雰囲気になり、オケも新たに作り直したりして、ひじょーに大変で楽しい、が、間に合うかどうかがびみょーなぐらいギリ、な隙間をぬって新たな名曲もぽつぽつ生まれてきております。

あと、アルバム収録曲の中で、これまで弾き語りでは曲のポテンシャルが発揮できなかった為、選曲外追放されてた曲らが、このエレキ&オケでライブ選曲に敗者復活してきているので、まだまだやることは盛りだくさん。とはいえルールはただ1つ、自分が楽しいかどうかだけ。まあ楽しいってのが深いわけですが。あ、あと「急がば回れ」。いや、思いっきり急いでるんで、「急がばもっと急いで回れ」ぐらいの感じか。

来週、生音骨から電気音骨へとメタモルフォーゼする第一弾ライブは、トップバッターで登場しまっす!変態経過を観察しに来て下さい!

★2/11(祝木) 高円寺Reef  http://www.kouenji-reef.com/index.php?FrontPage
op 19:00/st 19:30 (音骨出演時間は一番手19:00から)
前売り/当日 ¥1300/¥1500(+1d¥500)
(happy hour 19:00~19:30+¥1000 3drink ticket get!!!)
出演:村男 / 松島英生 / SHOTGUN BLADE / 音骨 / 高橋小一
2015.11.10 虎の穴の日々
アルバム制作中は弾き語りレベルアップの時間が中々とれなかったので、最近は一曲一曲を鍛え直しつつ、日がな一日弾いて歌って聞き直したり閃いたりしている。あ、でも猫のイラストの依頼に応えて二日かけて四枚のシャーペン猫画も描いたりもしたな〜、イラストっていうか芸術!って評判らしいっす。

弾き語りレベルアップ計画も、きっかけはやっぱ、なんかつまんねえ、歌いづらい、表現が上滑りしてる、要するに楽しくねえ、つまり不満から始まるわけだが、不満に思えたのにはやっぱ理由があって、その理由を解き明かしながら、一日一日確実に進化していってる実感がある。あとは実戦でまた得るものも多いとは思うが、根本的なところを修正せずに闇雲に吐き出したところで、先細るのは目に見えてるわけで。今は弾き語り初めの少年のごとく、あーでもないこーでもないと模索し続けている。
何しろチャレンジできる余地を発見すること=夢中に埋没できる時間があることこそが最高のご褒美なわけだが、ほんと弾き語りも奥深いっていうか、まだまだ序の口よな〜
翌日は、いわきの隣駅、温泉郷で知られる湯本に立ち寄った。
湯本の饅頭屋のおばさんには、09年のヒッチハイクの旅でお世話になったのだが、一年前立ち寄った時は店が閉まっていたので、安否を気にしていたんだけど、ようやく5年ぶりに饅頭屋のおばさんと再会できた。
元気そうだったが、当然震災後は、色んな苦労があって、「いいことも10%ぐらいはあるが、90%は悪いことだ」と。色んなお話を聞かせてもらった。

原発内では1、2時間しか作業できない為毎日5千人の原発作業員が次から次に就労しにくるが、基本素人たちが多いので、ミスが多発し、汚染水が漏れだす。
膨大に増え続けているタンク内の汚染水は、水増しして海に流している。
一カ所の地下水をせき止めても、別ルートから海に流れるのは、わたしら素人だって解るのに、場当たり的な作業を繰り返している。
20キロ圏内では、野生化したイノシシと豚が交配したイノブタが増え続け、畑を荒らし、高速道路で車に衝突する事故が多発している。
今の所、奇形な子供が生まれたという報告はないが、震災後、毎年必ず来ていたツバメはこなくなったなど、明らかに生態系は狂い、人間よりも生命サイクルが短い、昆虫や動植物には奇形種が多く生まれている。
福島の新聞には、毎日必ず原発の記事が載り、場所ごとの放射線量が掲載されている。
たまに20キロ圏内に用事で行くと、ほとんど震災後のままで、時間が止まってる。などなど。

福島は戦中で、それ以外は戦後のような、乖離が起こっているという感じがした。
饅頭屋のおばさんは、明日から岡山に移住した息子家族に会いに行くらしい。旅行費もかさむ。
ちなみに饅頭屋のおばさん、九頭見さんは、野口雨情記念館童謡館の会長で、月に一度、広島の方々と「ヒロシマフクシマ」というイベントで「奇跡のピアノ」という紙芝居イベントを行っている。音骨ライブもそこでやらせてもらう約束をし、いわき名物七宝まんじゅうセットをお土産に買った。

その後、地元の方に温泉神社などプチ観光に連れてってもらい、湯本の歴史を聞かせてもらった。湯本温泉の成分は、含硫黄、ナトリウム、塩化物と3つの成分が全て含まれており(普通はひとつらしい)何にでも効能があるのだという。
湯本の温泉の熱源は、火山ではなく、太平洋プレートの摩擦なのだという。
09年に湯本駅前の足湯場にいた時、「昔はこんなに熱くなかった」と言ってた地元の方の話を、今となってリアルに思い出した。

2014.03.14
今日は、刃こぼれしてた包丁を鍛冶屋から回収したり、病院だの美容院だの、まとめて野暮用をこなし、帰り道を黙々と歩いてたら、何か、青天の霹靂のごとく天啓が下って、おお、まぶしい光が!みたいなことじゃなく、一滴の水がぽちゃんと、腹の中に落ちてったような感じ。はぁ、なるへそ、みたいな。

ここ数年、霧のように頭が霞みがかり、まるでぬかるみの中を歩いてるようだというような感覚を引きずっていたが、去年あたりから、更に悪化してきて、ツアー行くぞ、活動パワー上げるぜと、日々走ったり鍛えたりとかしてたら、膝を痛めた。しばらくして、また懲りない修行者のごとくストイックに走り出したら、ギックリ腰になった。
ま、それはいいとして、歌詞も曲も膨大に量ばかり増えていき、混乱極まりなくなっていって、ノート50冊とカセット100本をゴミの日に出して、スッキリ、したのは20代の終わり頃だったか。また、同じサイクルか。

まるで頭の中は霧のように霞みがかり、まるでぬかるみの中を歩いてるようだ。
つーか、「まるで〜のようだ」じゃなくて、「霧の中のぬかるみ歩いてんだから、当然じゃん」という腑の落ち方。
霧の中のぬかるみ?結構結構。肥だめよりはマシ。ま、肥だめかもしれんが。
霧の中を前進しながら、肥だめの糞を引きずって、創り、叫び、爆発すればいいだけのことよ。
そんな30代もあと半月、と。
そういや、バレンタインは一枚ももらえなかったが、クッキーもらったな、なんでや。
2014.01.19 高校の同期会
18日(土)は、高校の同期会に参加した。
全員、20年ぶりだったが、だいたい人目で誰かはわかった。おいらは名前を言うまでほとんどの同期生に、あいつがあいつであると気づかれなかった。
でも20年も音信不通だったやつらと、当時の記憶も曖昧なのに、どんな場になるのか想像もつかなかったけど、いきなり20年前に接続するもので「いや〜よくあの居酒屋で呑んだな〜」って、、おいおい、飲んべえだったのは、高校時代からだったようで。

しかし、小中高と一番古い幼なじみに、飲み会開始して8時間後くらいに「小中高一緒だったのに、今日一回も話してないよな。」と振ったら、あいつがあいつであると全く気づいてなかったようで、「え!○○って、あの○○!?」って、、おいおい、遊びに行ったじゃんおまえん家。

で、あの頃のように、朝までどんちゃん飲み明かしたと。
でも行ってよかった同期会、いい刺激を受けた。そんな歌でも創ろうかな。
昨夜は浜松町にて母島ユースファミリーを囲む会に出席。出席された皆さん、母島ヘルパー時代の顔見知りの方々ばかりだが、中にはこれが音骨であることに全く気がつかない方々もおられた。変身を遂げて四年にもなるが、(音骨=目を背けたくなるけばけばしい見た目=そういう人)説が未だにまかり通っているようで。
二次会まで行き、結構飲んだが、沈没することもなく無事帰還。

今年一年で創った歌詞のない曲をなんとなく数えてみたら、300曲を超えていた。作曲家ならオーケーだが、シンガーソングライター的にはアウト。年々曲の玉数は増える一方だってのは昔も体験済だが、以前は頭パンクして、キャベツ畑に行き、パンクバンドマンにシフトチェンジして乗り切った(というか別地獄行き)のだった。
あとは、無農薬で放っておいたらリンゴが勝手にできました的方向に行くしかないか。
2013.11.14 キラリ荻窪
引っ越し先は、隣に住む大家に直接家賃を持っていくという、昔ながらの方式。

近所のスタジオから帰って来て、洗濯物を取り込み、忘れないうちにこのまま家賃払いに行くべぇと思い立ち、隣の通用口の呼び鈴を鳴らし、庭の方に入っていくと、「はーい」と奥からやって来たおとなしそうなおばさん(大家の奥さん)の目に、はっとしたものが走った。
おばさんは家賃を受け取ると「少しお待ち下さい」と座布団をすすめて奥へ引っ込んでいった。
縁側に座り、日本庭園を模した庭の、これまた昔ながらのししおどしのカッコーーンを聴きながらボーっと待ってると、家賃払い帳を「確かに、丁度頂きました」と手渡してきたおばさんの目が、またキラリと光った。

部屋に戻って、帽子を脱ぐと、白いぞうきんがハラリと落ちた。なるほどね、言えよ。

ところで荻窪は文豪が多く住んでた街だったらしい。「黒い雨」などで知られる井伏鱒二に憧れて住み始めた太宰治が自殺したのは、この辺りらしい。
最近知ったのは、なんと詩人の橋爪文さんも40年ぐらい前に、この辺りに住んでたらしいとのこと。う〜ん、不思議な縁よ。

2013.06.24 眠れる声2
あちゃー、なんか「音骨は声がでなくなったのか」とか「喉を壊したか」などご心配頂き、申し訳ないっす!
改めて、前のブログ読み返してみたら、確かに、なんかやばい現状に目を瞑って、強がってるようにも見えるかも。。

喉のトラブルといっても、病気ではなく、LDPといって、喉が首の骨に食い込み、音の響きをつくる空間を狭め、喉の稼働領域が圧迫されることで、喉の本来の機能を激しく損なってる状態。
ただの発声筋肉の癖みたいなものなのだが、何しろ人一倍巨大な音骨の喉は、パックリと首に奥深く食い込んでるようだ。どうりで、のど仏が見当たらんと思ってた。

LDPは放置しといても、生活に支障はないが、唄うたいにとっては可能性を大きく狭める要素であることは間違いない。

施術内容は、発声の筋肉をあらゆる手段で緩め、奥に引っ込んだ喉を引っ張り出し、その状態で発声することで、筋肉に形状を記憶させること。
実際、施術後1mm引き出しても、全然声のパワーや密度が変わってくる。それを、本来の位置(5mm)に戻し、ずっとその状態をキープできるようになることが目標だ。

一年ぐらい前から、このボイス整体院のブログを追いかけてたが、自分がイメージ通り歌えないのは、LDPおよび過緊張発声による障害に間違いないと判断して、通っている、という次第でした。

さらなる高みへ向かう為には、避けては通れない関門と思われる。
2013.06.20 眠れる声
これまで、最高の音と時間を提供できるように努力してきたつもりだったが、日々歌い録音したものを聴き返しながら「これを人に聴かせたいか?否」というジレンマに苦しんでいた。色々自分なりに考えを積み重ねていった結果、もはや喉に重大な欠陥があるとしか思えず、喉と声の専門医に診てもらった。

結果は予想通り、深刻なトラブルを抱えていた。このトラブルは、だいぶ昔、20年くらい前から(歌うようになってから)悪化し続けてきたようだったが、この数年の激しい歌唱スタイルが拍車をかけたのだろう。最近では、正直人と会話をするのも辛くなってたとこだった。この状態で歌うのは、後ろから羽交い締めされながらジャンプし続けるような(大リーグボール養成ギブスをしたまま、ピッチングしてるような?)状態だったということだった。完治できるかどうかは、現状では何ともいえない。

だが、捨てる神あれば拾う神ありじゃないが、楽器としての喉そのものは、まれにみる凄い代物らしい。もっとも現状では、最高級のグランドピアノに布団つっこんで鳴らしてたような、フェラーリに石炭ぶっ込んで、重しを引きずりながら走ってたような状態だとのこと。
にしても、これまでは感性、表現を駆使して、気力と根性で踏ん張ってきたってのに、いきなり「あなたの喉は、本来の力の半分も出せてません、完全体になったらどんな声でも自由自在に出せる至高の喉です」とか言われても、「ほんまかいな」と思うわな。
だが、何も期待してなかった所に、一条の光。
喉のトラブルを腰を据えて乗り越えて、本当の眠れる声とやらを解放したいと思う。
2013.05.13 内から外へ
内へ内へ入り込んで制作してたが、気づいたら外へ外へ向かい始めていた。

今までと同じやり方じゃ通用しないというか、違う猟場には違うやり方で攻めなくてはいかんという事なのか、手探りながら、新しいやり方を掴みつつある。
細かい所から初めて、微調整→調整→大変革と膨らんでいってる感じ。

これまでのライブは必ず椅子に座ってのスタイルだったが、最近は立って演奏する方が、気分も音像もしっくりくる。声量もキーも、どんどん伸びる。ギターと歌の一体感も増すが、やはり慣れてないので、完成度は下がる。
完成度よりパワフル度、微調整よりパワフル度、多少ずっこけようが、猛ダッシュというモードに突入してきた勢いで、近々久々のワンマンライブしたいと思っている。まだほぼ未定だが。
かなり、パワーアップした状態で、カムバックする予定なので、乞うご期待をっ!!


今日は、母島漁師の方々の御見送りに行って来た。
母島の漁師は、一年にこの時期しか休みがなく、年中ほとんど休み無し。そんな貴重な休暇の中で、ライブに来てもらったり、色んな店に連れて行ってもらったりした。

先週末の土曜日には、葉山のジャンベマンMOMO宅に、母島漁師のKさん&Sちゃんと訪問。
温泉に浸かり、豪華鍋に舌鼓を打ち、酒飲んで語らい、久々にMOMOジャンベで歌った。
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翌日は、母島漁師のM父ちゃん母ちゃんと両国で再会。佐渡島直送の海産物に舌鼓を打ち、酒飲んで語らい、カラオケで元演歌歌手父ちゃんの歌謡ショーを堪能した。
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その翌日は、ライブだったな。

御見送りの後は、浅草の「村のバザール」へ。こちらは、普段は撮影スタジオとして使われている、昭和初期の3階建ての建物、浅草ライオンビルに週末にだけ出現するカフェとのこと。
ワークショップや、フリマや、音楽イベント、食事など盛りだくさん。
http://kanzuri.shigusa.net/?cid=57373
そしてここでは、都内ライブのほとんどに足を運んでくれてるマカロニドリッパーさんの魂のコーヒーが飲める。
自ら発明されたコーヒー器具で、一滴一滴魂を込めて煎れて頂いたエチオピア イルガチェフェは喉元過ぎても美味さが残る絶品だった。
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今週は歯根の病気で顔の右半分をパンパンに腫らしながら、作曲に没頭していた。一昨日切開して、なんとか元通りに。最近の新曲らはメロディーがいい感じのが多いが、もっともっと色んな曲を絞り出せるだけ絞り出してやろうと思う。
2013.01.07 新年
2013年、明けましておめでとうございます。

毎年この時期はアルバムレコーディングで島に閉じこもっていたが、今年はまだまだなので、10年ぶりにスキーをしに帰郷した。10年前に10年ぶりにスキーをした時も、ブランクを感じずに滑れたので、今回も大丈夫だろうと思ってたが、水泳と同じようにスキーも幼少期に一度身に付いたら身体が覚えてるようだ。
今はウィンタースポーツは流行じゃないらしく、田沢湖スキー場のゲレンデは正月だというのに、がら空きに近かった。時間の許す限り、滑りまくった。
tazawako2ゲレンデの風景

ライブする時に、ギターをかき鳴らし、演奏を終えるまでの感覚が、自分にとって一番近いスポーツがスキーだと気づいた。自ら落ちてゆく感覚。もっと速く、集中して、加速して落下していくことで得られる飛び立つ鳥のような感じ。アルバトロスの夢?
スキー場で偶然にも幼年期に遊んでた幼なじみに20年ぶりに再会し「ほとんど変わってないな。」と言われた。あ、アルバトロスの夢。。

アルバム「Missing Link」の感想もみなさんから寄せられて、興味深く読ませてもらった。特に今作はそれぞれお気に入りの曲がばらけていて、多くの曲を制作した甲斐があったと思えた。ライブで好評の曲とはまた違った選曲になってるのも、アルバムならではだ。

今年は、さらに色んな場所でライブしながら、ライブ力を鍛えていきたい。その中で生まれてくる新しい歌を次のステージに持っていきたい。
引っ越しは送り出すより、受け取る方が大変だ。ということで、未だカオスのマイルーム=マイワールドを掃除しつつ整理整頓しつつ、次の漁場を探す漁師のごとく、小説書いたり絵を描いたり歌詞やメロディーの断片が舞う脳内トリップを繰り返しながら、次回作に向けて開拓中。荷物とともに内地に持ち込まれた母島花粉にくしゃみが止まらないままに。
この20年間で何回引っ越ししたかと数えてみたら、今回で22回目。防空壕も入れたら23回目。平均一年に一回以上引っ越してることになるが、最低半月、最高5年間くらい。引っ越しのいいところは、思い切って物を捨てれるというところだ。どちらかというと、物を買うより捨てるほうが好きな身としては、たまらん。

何はともあれ、早くツアーに出たい。とはいえ、カオスの部屋をほったらかしとくわけにもいかん。
とっとと片付けよっと。
2012.10.29 母島を去る日
友人たちの助けもあり、なんとか出港前には部屋を空にした。
最終日は独り乳房山に登った。登って一時間もすれば、360度水平線の絶景の連続だが、住んでるといつでも登れると思って数えるほどしか登らなかった。


乳房山登頂付近から眺める集落。

そして母島を去る日がやってきた。
抜けるような青空の下、船待ちには結構たくさん人がいる。
ジャイアンの娘ナギホが編んでくれたレイを首にかけ、船上からメルヘンワールド母島のひとりひとりに手を振った。だんだん小さくなってく手を振る姿に、この五年間の映像がフラッシュバックする。


船が青灯台の影を超えても、甲板から離れることが出来なかった。初めて見た怪物の島は、今見ても怪物の島だった。乱反射する紺碧の波間にカツオドリが舞い、太古の遺跡のごとき島肌が煙る光景に鳥肌が立つ。
奇しくもアンナビーチファミリーと同じ船で、母島を去ることになった。
帰りのオガ丸は結構揺れた。

2010.07.11 絶叫作曲DAYS
昨夜未明、閑静な住宅街の路上に響き渡る音骨シャウト。ていうか悲鳴だな。喉が潰れた。次のアルバムは悲鳴に近いものになる事を直感した。翌朝はグロッキー。
もう50曲以上も作ったというに、まだまだピンとこない。最近は作曲からして、絶叫しながら作るようになった。
ここ2日で2曲ほど、詩はまだだが、いけそうな曲が出来た。
「太陽の丘」は若い頃に作りたかったものを今作るという試みだったが、次は今の音骨が作りたい全く新しいもの、自分でも吃驚するようなもの、そして弾き語りライブで最も強烈な作用を及ぼすもの、とテーマを掲げてるが、これだけ曲を作ってると、大概の曲が出来ても大して驚かない。やっぱ狂うしかないか。
今、作りたい曲は、一回聴いたら忘れられない曲ではなく、何回聴いても忘れてしまうような曲。再び聴いた時に氷が溶ける様に記憶が甦っていくような曲。
枯れた井戸をカリカリ掘ってたら、石油が出て来た!なんていう甘い夢も枯れてきたが、ノイローゼは酷くなってきたが、まだ見た事のない新しい世界をここに召還するまで、やめません。やめません。
相変わらず弾薬庫で作曲して、自宅で作詞という代わり映えのしない日々を送ってるが、REC後に出来た曲は現在15曲ほど。まだまだレコーディングに突入できる段階ではないなぁ~。ああ、つらっ。。

辛いといえば、年中続く島花粉症と、時々入ってる中々腰にくるバイトのせいか、じわじわと腰痛が悪化している。まぁ、腰が痛いなんて、みんな言ってる事だが。
今までに二回、腰がクラッシュしたことがあるけど、一度は高原でのキャベツ畑のバイトで腰の骨がずれて、二度目は土方で重い物を持ち上げた瞬間にギックリ腰になって、それ以来持病になった。

よく求人雑誌などで、「高原キャベツの栽培・出荷スタッフ人気のリゾートバイト」などと書かれているあのバイトをしたのは12年前で、友人に借金を返す為に群馬県の嬬恋村へ住み込みバイトをしに行った。たったの四ヶ月間とはいえ、朝4時~夕方6時までの過酷な労働で、半生で唯一体重は10キロ以上増え、音骨というよりも音肉といったような簡易マッスルマンと化したものだったが、一日中腰が痺れていて、ギターにも触れる気がしないほどの疲れようだった。金は返せてよかったが、虚弱体質の方は、あのバイトはやめといた方が無難です。でも田舎の人特有の暖かさには触れ、そこの家族にも気に入って頂けたらしく、翌年も「今年も来てくれないか。」と電話されたものだったが、その頃はただの骨みたいな状態だったので、お断りした。う~む、懐かしき青春の日々よ。

今日は入港日。入港バイトが終わったら、遂にアルバム500枚が到着する予定!!先行予約された方々、あと少しです!お待ちください!!

音骨の今後の予定は、6月5日の小笠原丸に乗って内地ツアーへ赴く予定です。音骨が母島にいない期間に、音骨ライブ観戦目的で来られないようご注意ください!

現在交渉中ですが、恐らく6月9日に生誕の地秋田でライブ予定!
そして6月22日は日本クラウン主催ライブ!24日はNEXTHERO第二次予選!です。

最近は結構ライブハウスやアーティストの企画等へのお誘いがあるが、海の彼方からは気軽に行けようもなく、またライブの日程が重なったりと、全部お断りするしかない状況だったから、ようやくの内地ライブ感が強い。

そして、ニューアルバム「太陽の丘」¥2,000(送料別200)の、送料無料キャンペーン?!を、音骨が内地ツアーに赴く6月5日まで延長!致しますので、まだ予約されてない方は、熱々の内に、お早めにどーぞっ!!!

母丸は大揺れに揺れて、やや気持ち悪くなり、小笠原丸も風が冷たく外に出ていると寒かったが、ギターを弾いてると時間はあっという間に過ぎるので、人が少ない隅の方で弾いていた。

小さな子供がニコニコ笑いながら身をくねらしながら踊っていた。しばらく経ってお母さんが無理矢理連れてった。

電車の車窓を眺めるとおやじが映っていた。自分だった。今日で36歳になった。三周りしたわけだ。去年までは3才児宇宙人だったのに、一気に×12歳である。

誕生日といえば、33歳の誕生日に初めて母島の南崎へ行く道中で「南崎へ行こう」を生み出した。当時ユースでヘルパーしたてだったので、翌日に一日遅れの誕生会を開いてもらったが、もちろんライブも行った。それ以外に誕生日の記憶はない。
祝い事や記念日等にあまり興味がないので、記憶に残ってないのだろう。自分自身別段めでたいとも思わないが、何かしらの区切りを感じる日ではある。

今日はメガネのフレーム調整をして、美容室で髪をバッサリ切った。
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バッサリ 脱皮せる自画像の前にて

ついこの前までは、誰にも似てない姿で街や島を歩いていたが、今はあまりによくいる人風になったわけだが、余計なエネルギーを使わずに済んで非常に楽だ。あの頃は街を歩くだけでひと仕事だったし楽しくもあったが、もうそういう事に刺激も受けなくなった。

30代前半は自分の資質や向き不向きなどは完全に無視して、できるだけハチャメチャに過激に人が敬遠しそうなことをやってきたわけだが、30代も半ばを迎え、あとどれぐらいの活動ができるのか、あとどれくらいの作品を作れるのか、死ぬまでにどこまで到達できるのか等を考えれば、無駄なエネルギーは使いたくないし、寄り道はしたくないと思えるようになってきた。
これからは、いかに自分の資質と向き合い、活かせるのかというのが重要になってくるだろう。

派手派手しい宇宙人道化師から素朴な普通人風の宇宙人へ。「僕、宇宙人Death!」とか主張しない宇宙人へと変貌しつつあるわけだな。どのみち上っ面の見た目などに本当の力は宿らない。根源から流れ込んでくる力を表層に引き出そうとする欲望とそれに伴った技術と器があれば、インスピレーションは絶えることはないだろう。

何にせよ、死ぬまで作品を作り、歌い弾き続けるという事が唯一の目的なのだと今も変わらず思うのみだ。

そして母島に居ては満たせなかったアルバム完成に必要な情報や刺激をこの都会で浴びるだけ浴びて、一刻も早く新たな音骨イメージを決定付けるニューアルバムを完成させたい。