昨夜は浜松町にて母島ユースファミリーを囲む会に出席。出席された皆さん、母島ヘルパー時代の顔見知りの方々ばかりだが、中にはこれが音骨であることに全く気がつかない方々もおられた。変身を遂げて四年にもなるが、(音骨=目を背けたくなるけばけばしい見た目=そういう人)説が未だにまかり通っているようで。
二次会まで行き、結構飲んだが、沈没することもなく無事帰還。

今年一年で創った歌詞のない曲をなんとなく数えてみたら、300曲を超えていた。作曲家ならオーケーだが、シンガーソングライター的にはアウト。年々曲の玉数は増える一方だってのは昔も体験済だが、以前は頭パンクして、キャベツ畑に行き、パンクバンドマンにシフトチェンジして乗り切った(というか別地獄行き)のだった。
あとは、無農薬で放っておいたらリンゴが勝手にできました的方向に行くしかないか。
2013.11.14 キラリ荻窪
引っ越し先は、隣に住む大家に直接家賃を持っていくという、昔ながらの方式。

近所のスタジオから帰って来て、洗濯物を取り込み、忘れないうちにこのまま家賃払いに行くべぇと思い立ち、隣の通用口の呼び鈴を鳴らし、庭の方に入っていくと、「はーい」と奥からやって来たおとなしそうなおばさん(大家の奥さん)の目に、はっとしたものが走った。
おばさんは家賃を受け取ると「少しお待ち下さい」と座布団をすすめて奥へ引っ込んでいった。
縁側に座り、日本庭園を模した庭の、これまた昔ながらのししおどしのカッコーーンを聴きながらボーっと待ってると、家賃払い帳を「確かに、丁度頂きました」と手渡してきたおばさんの目が、またキラリと光った。

部屋に戻って、帽子を脱ぐと、白いぞうきんがハラリと落ちた。なるほどね、言えよ。

ところで荻窪は文豪が多く住んでた街だったらしい。「黒い雨」などで知られる井伏鱒二に憧れて住み始めた太宰治が自殺したのは、この辺りらしい。
最近知ったのは、なんと詩人の橋爪文さんも40年ぐらい前に、この辺りに住んでたらしいとのこと。う〜ん、不思議な縁よ。

2013.11.04 河川敷ライブ
風邪をこじらせて、やや喘息気味だったのもほぼ完治し、昨日は多摩川河川敷でのバーベキューパーティーに参加、久々の母友方との再会も、夫婦率、赤ちゃん率の増加に、時の流れを感じた。
GNZY家族のニュージーランド旅行のお土産のワイン、チーズ、サーモン、ムール貝、ラム肉などが贅沢に振る舞われ、舌鼓を打ちっぱなし、酒も進みっぱなし。
真っ昼間から、飲んで食べていい具合にフラフラしてきた夕暮れ時、周囲のバーベキュー家族もいなくなり、暗くなってきたし、そろそろ部屋飲みに移るんべぇというタイミングで、音骨河川敷ライブ開始!

tmg4


リクエスト交えつつ、「ヒッチハイカーに捧ぐ歌」「タオママ」「ピカドンの朝に僕らが見たこと」「御見送りの歌」アンコールでGNZY家族のテーマソング「美味しいごはん」
脳みそ空っぽの深酔いライブだったが、聴き手もほとんど酔っぱらってるわけで、グッドな反響に気分も盛り上がりっぱなしの、ええライブ、ええ夜でした。