ここ一ヶ月ほどは、リズム&グルーブのことしか考えてなかったが、夢の中で新曲が創られてる。
これまでは、夢の中でできてるから、一概にいい歌というわけでもなかったが、最近、夢の作曲能力が増してきてる気がしていた。ギターの手癖や歌い癖から解放されてるというか。
そんな中、一昨日、アフリカのサバンナから宇宙ステーションを経由して、音骨夢受信センターに着地した新曲。
壮大なメロディーに、踊れるリズム、新次元突入を象徴する歌であることは間違いないが、これはこれまでの最高傑作ソングの予感がする。
青空が広がるアフリカのサバンナで演奏されてる夢動画も、パーカッション隊からアフリカンダンサーまで登場するサービスっぷりだ、盆踊り踊ってるやつは、いなかった。
インスピレーションのシッポを捕まえれば、あとは追ってゆくだけ。歌詞も展開も、超スピードで仕上がった。

それに伴い、これまで煮詰まってた他の歌さえも、生命力を取り戻したように、ぐんぐん急成長し始めた。

前作「Missing Link」のタイトルが象徴していたように、その前と後では、次元が変わる予感はしていたが、ようやく長いトンネルの出口が見え始めた気がする。
2014.05.19 眠れるリズム
眠れる声に引き続いて、封印されていた眠れるリズムがあるんではなかろうかと、最近ずっと、リズムやグルーブという視点から、自分の歌と演奏を立て直していた。

それで、色んなやり方で演奏しては、聞き返す作業をしていくうちに、段々自分が求めている、表現したいリズムが浮き彫りになっていった。

民族音楽的なずれ込んでくリズムだが、裏拍(スネアドラム)が入る位置が、アフリカンばりに深い。タメが以上に多い訳だが、黒人のように筋肉でぐっとタメてるという感じではない。
日本人が打撃音を基本「だんだん」と捉える所を、黒人および欧米人は「んだんだ」とリズムを捉えるのだという。農耕民族と、騎馬民族の違いで、もはやDNAレベルにしみついている感覚らしい。だから外人ドラマーと日本人ドラマーは全然リズム感が違うのだと。言語学的にいうと、アフリカには『ん』から始まる言葉も多々ある。ンドゥールみたいな。
んだったのか〜、んだんだ。。って、秋田弁かいっ!!

で、もしやと思い、津軽三味線を聞き返してみたら、自分の内在リズムと同期したと。
さらに、生まれ育った町のお祭り囃子も聞き返してみたら、んだ、これだ!、と。

結局、眠れるリズムは、生まれ育った町の祭り囃子であり、新次元ダンシングBONE時代突入とか言っておきながら、そのダンシングは盆踊りであったという身もふたもない結論にたどり着たわけだが、この先へ向かうためには、ルーツをしっかり自覚しなければならんかったという事だろう。
う〜ん、恐るべしDNA。盆踊り踊らしたるぜ!
昨日は埼玉朝霞で行われたイベント「ヒロシマを翼に」にライブ出演した。
イエイ!さらにグッドな反響だったぜ。
イベントも、どんどん楽しくも伝わるイベントにグレードアップしてきている。主催者まり子さんの歌はアメージンググレースばりの神聖さで歌われ、初の朗読の順平さんは朗読を生業にしてるがごとくきまっていたし、キミコさんはさらにエネルギー増して熱い夢を語っていた。

そして個人的には、新しい音骨時代の幕開けともなるライブだった。
三週間ほど前、スタジオでいつも通りひとりリハってたら、突然、次元上昇したのだった。
なんというか、亀のようにとぼとぼ陸を歩いてたら、海に出て、泳いだら「ちゅどーーん!おいら、海亀だったんかい!」って発見したような、カメハメ波を放とうとパワーを溜めようと集中するも、「寄る年波には逆らえぬのか」とか俯いていたら、いきなり元気玉の作り方がわかったような、見えないものが、観えるようになったという、そういう大転換。それ以降、連日これまでの歌も演奏も全く別のシステムの元に再創造され続けている。
簡単にいうと、これまでは外から音という球体を操作して、「どうもイメージ通りにならん」とノイローゼになったいたのが、音の内に入ったら、「あっ、こうすりゃよかったのね」とわかったような。むろん、なんでこんな単純なことがわからなかったんじゃーーって、ガックリもしたが、所詮最近まで20年間コンビ二のおにぎりの剥き方を間違っていたようなおいららしいっちゃ、らしいわな。(包装を全部剥がして、左手に海苔、右手におにぎりを持ち、ハッシと合体させていた20年間)
今日の感じでは、歌というのは、踊るように歌うものだってとこか。
つまり叫ぶキチガイ時代から、語るメッセンジャー時代をこえ、ダンシングBONE時代に突入。
それはそうと、3日前に「アルバトロスの夢」のギターアレンジが変わってしまい、テスト前の一夜漬けのごとく練習したが、やっぱ本番でしくじった。だっせぇーーーー!